熊本地震から10年近くが過ぎても、地震を経験した人にとって、その記憶は過去の出来事ではありません。
私自身、大きな揺れを感じた瞬間、「部屋が左にズレた」と感じました。その感覚は、10年前の熊本地震の記憶を一気によみがえらせました。
揺れが収まった後も建物がきしむ音に反応し、小さな揺れでも身構えてしまう。そうした感覚は、被災した人なら理解できるものではないでしょうか。
災害は建物だけでなく、人の日常や安心感にも長く影響を残します。
今回は、熊本地震を経験した一人として、防災用品だけではない「日常を守る備え」について考えてみたいと思います。
災害への備えは「物」だけではない
被災への備えとして、水や非常食を準備することは広く知られています。もちろん、それらはとても重要です。しかし、本当に必要なのは物を買い集めることだけではありません。
災害が起きた瞬間にどう行動するのか。停電や断水が起きたらどう生活するのか。家族と連絡が取れなくなった場合はどうするのか。
こうした行動まで含めて考えておくことが、本当の防災につながります。
大きな災害では、水道をひねっても水が出ない、店へ行っても必要な物が手に入らない、スマートフォンを充電できない、道路が渋滞して移動できないという状況が簡単に起こります。
その場で一から考えようとしても、人は混乱して判断力が落ちてしまいます。
だからこそ、防災は特別な日に行うものではなく、日常生活へ少しずつ組み込むことが大切なのです。
環境が激変したときに重要なのは、「その変化へ適応できるか」です。
ライフラインが止まったとき、自分はどうやって生活するのか。
食事はどうするのか。
水はどう確保するのか。
情報はどこから得るのか。
熊本地震を経験して感じたことの一つは、テレビの存在でした。
現地にいると状況が分からなくなります。しかし、テレビは広い視点から被害状況や避難情報、生活情報を整理して伝えてくれます。
防災用品の紹介や生活再建の情報も、災害時にはテレビが非常に分かりやすくまとめてくれます。
普段あまりテレビを見ない人でも、災害時だけは大きな情報源になることを覚えておく価値があります。
まず見直したいのは家の中
まず確認したいのは、自宅の中に危険な場所がないかということです。
大きな家具や棚が倒れれば、避難経路をふさいだり、寝ている人の上へ倒れてきたりする危険があります。
棚の上に置いた重い物も、強い揺れでは簡単に落下します。
もちろん、一度に家全体を完璧に整えることは難しいでしょう。
だからこそ、最初は寝る場所の周囲だけでも確認することをおすすめします。
寝ている場所の近くに倒れそうな家具はないか。
頭上に落ちてきそうな物はないか。
停電しても出口まで安全に移動できるか。
まずは、その最短経路だけでも確保しておくことが、命を守る第一歩になります。
命を守るために、まず整えたい身近な環境
次に確認したいのが、靴や明かりです。私は、スリッパは絶対に必要だと考えています。
地震で窓ガラスや食器が割れると、裸足では室内を歩くことができなくなります。つまり、避難しようと思っても動けなくなってしまう可能性があるのです。
寝床の近くに、底のしっかりした履物やスリッパを置いておくだけでも、避難時の安全性は大きく変わります。小さな備えに見えますが、命に関わる重要な準備です。
懐中電灯も同じです。収納の奥へしまい込むのではなく、停電して真っ暗になっても手を伸ばせばすぐ取れる場所へ置いておく必要があります。
防災用品は、持っているだけでは意味がありません。必要なときにすぐ取り出せること、家族全員が置き場所を知っていること、電池が切れていないことまで確認して、初めて「備え」と呼べます。
私は、最低限の物で十分だと思っています。荷物を増やしすぎるよりも、本当に必要な物を確実に使える状態にしておく方が重要です。つまり、防災とは物を増やすことではなく、「ライフラインを太くすること」だと考えています。
身体障害者である私にとって、この考え方は特に重要です。避難そのものが大きな負担になるからこそ、普段から環境を整え、少ない負担で行動できる状態をつくっておく必要があります。
防災用品は「生活の一部」にする
水や食料についても、特別な防災食だけに頼る必要はありません。普段から食べている保存性の高い食品を少し多めに買い、使った分だけ補充していく方法があります。
この方法であれば、賞味期限が切れた非常食を大量に処分することも少なくなります。非常食の入れ替え自体を生活のルーティンへ組み込むことは、防災意識を保つという意味でも良い習慣になります。
缶詰、レトルト食品、乾麺、飲料水など、日常生活でも使える物を一定量備えておくことが大切です。
ただし、停電や断水が起きることは前提として考えなければなりません。電気を使わずに食べられる食品や、少ない水で準備できる食事も意識して備えておく必要があります。
災害時には、「いつも通り」は通用しません。だからこそ、平常時から「もし止まったらどうするか」を考えた準備が、自分や家族を守る力になるのです。
薬と情報は「アナログ」でも残しておく
薬を日常的に服用している人は、食料以上に薬の管理が重要になる場合があります。災害時には病院や薬局へすぐに行けるとは限りません。
そのため、お薬手帳の内容、服用している薬の名前、かかりつけ医の連絡先などは、スマートフォンだけではなく、紙にも残しておくことをおすすめします。
スマートフォンには多くの情報を保存できます。しかし、充電が切れれば、その情報を見ることはできません。
家族の電話番号、避難先、重要な連絡先など、本当に必要な情報ほど紙でも保管しておくべきです。
私は、災害に強いのは「アナログ」だと考えています。
最新の機器は非常に便利ですが、電気や通信が止まれば使えなくなる可能性があります。一方、紙に書かれた情報は、停電しても通信障害が起きても手元に残ります。
災害時の備えとは、新しい道具をそろえることではなく、電気や通信が止まっても困らない仕組みをつくることです。
停電や断水は、「まさか」ではなく、「起こるもの」と考えて準備しておく。その意識が、いざという時の安心につながります。
被災の形は、人の数だけある
災害への対応は、一つではありません。だから、避難することだけが常に正解とは限りません。
自宅に大きな損傷がなく、火災や倒壊の危険もない場合には、自宅で生活を続けた方が安全なケースもあります。
一方で、建物に深刻な被害がある場合や、周囲で火災が発生している場合、土砂災害や津波など別の危険が迫っている場合には、速やかな避難が必要になります。
そのような状況に突然置かれると、普段と同じ精神状態で判断することは非常に難しくなります。被災関連死という言葉があるように、災害そのものではなく、その後の生活や心身への負担によって命を落とすケースもあります。
だからこそ重要なのは、地震が起きてから避難先を探すのではなく、平常時に候補を確認しておくことです。
自宅から避難所までの道に危険な塀はないか。古い建物はないか。夜でも通れるのか。別の経路はあるのか。
こうした確認は、一度行っておくだけでも、災害時の判断を助けてくれます。
身体に障害がある人、高齢者、乳幼児のいる家庭、持病のある人、ペットと暮らしている家庭では、それぞれ必要な備えが異なります。
私自身、身体障害者として生活しているからこそ感じますが、自分に合った避難環境を整えることは決して簡単ではありません。しかし、それでも平常時から少しずつ準備しておくことが、生き延びる可能性を高めることにつながります。
「自分に合った備え」を考えることが、防災の第一歩
防災情報は、多くの人へ向けて発信されています。しかし、実際の生活環境は一人ひとり違います。
そのため、自分の身体、自宅の構造、家族構成、移動能力に合わせて、「自分に合った生存方法」を考えておく必要があります。
災害は、いつ起こるか分かりません。そして、いつ終わるかも分かりません。
だからこそ、非常時だけ頑張ろうとするのではなく、平常時から自分に負担の少ない環境を少しずつ整えておくことが大切です。
私は、今回の地震で改めてテレビの重要性を感じました。
普段はあまりテレビを見ることはありません。しかし、災害時には被害状況や避難情報、生活情報が次々と整理されて流れてきます。
現地にいる自分よりも、テレビの方が熊本全体の状況を客観的に把握していると感じる場面もありました。
リアルタイムで冷静に情報を整理して伝えてくれる存在は、災害時には非常に大きな支えになります。
だからこそ、防災用品だけでなく、「正しい情報をどう集めるか」も、防災の一部として考えておく必要があります。
災害後は、心の反応にも目を向ける
熊本地震から学べる大切なことの一つは、大きな災害は一度の揺れだけで終わるとは限らないということです。
最初の揺れが収まっても、その後に大きな余震が発生する可能性があります。
強い揺れを受けた建物や地面は、見た目以上に弱くなっていることがあります。
そのため、被害が小さく見えても、すぐ以前と同じ生活へ戻そうとしないことが大切です。
壁のひび割れ、柱や基礎の異常、ガスの臭い、電気設備の損傷などを確認し、不安がある場合は専門家や公的機関の情報を活用してください。
また、災害後は判断力が低下することがあります。
眠れない日が続いたり、常に緊張した状態になったり、何度も同じ情報を確認したくなったりすることもあります。
これは意志が弱いからではありません。異常な出来事に対して、心と身体が自然に反応している状態です。
災害への備えには、水や食料だけではなく、心身を休ませる考え方も含まれます。
すべてを自分だけで抱え込まず、情報を見る時間と休む時間を意識的に分けることも、防災の一つなのです。
今回、久しぶりにテレビを長時間見ていて、「やはり災害時にはテレビが最も整理された情報を伝えてくれる」と改めて感じました。
まとめ|平常時こそ、非常時への最大の備えになる
災害に向き合うとき、私は「力を入れ過ぎないこと」も大切だと考えています。
防災というと、一度にすべてをそろえなければならないと思いがちです。しかし、非常用品を一気に買い集め、家中の家具を固定し、避難計画を完璧に作ろうとすると、その負担の大きさから何も始められなくなることがあります。
だからこそ、小さな一歩を積み重ねることが重要です。
今日は飲料水を確認する。
明日は懐中電灯の電池を点検する。
次の日は寝室の周囲を片づける。
このように、防災を日常生活の中へ少しずつ取り入れていけば、無理なく続けることができます。
大切なのは、「防災を一度で完成させること」ではありません。
生活環境や家族構成、身体の状態は時間とともに変化します。それに合わせて備えも見直し、いつでも使える状態を維持することが、本当の意味での防災だと私は思います。
熊本地震の記憶を、恐怖だけで終わらせる必要はありません。
その経験を、これからの暮らしを守る知恵へ変えることができます。
大きな準備を一度にしようとするのではなく、今日できることを一つだけ進める。その積み重ねが、災害時に自分や家族を守る力になります。
防災とは、災害だけを見つめることではありません。
非常時にも、できる限り日常を失わないために、平常時から暮らしを整えておくことです。
私は今回の地震を通して、改めて一つのことを実感しました。
平常時こそ、非常時への最大の準備期間です。
被災してから慌てて環境を整えるのではなく、何も起きていない今日という一日を使って、少しずつ備えを習慣にすること。それが、自分自身だけでなく、大切な人の命を守ることにもつながるのではないでしょうか。

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