乾為天とは何を教える卦なのか?――強さの六段階と力の使い方
日々、暮らしていると、ふと思うことがあります。なぜ、物事が順調に進んでいるのに、ふと「このままでいいのだろうか」と不安になることがあるのでしょうか。
仕事も生活も大きく崩れてはいない。以前よりできることも増え、自分なりに積み重ねてもきた。それでも、どこかに小さな揺れが生まれることがあります。
易経の乾為天は、非常に強い陽の力を持つ卦です。しかし、私がこの卦で重要だと思うのは、「強いから進め」という単純な話ではないことです。
乾為天には、力がまだ表へ出ない段階があります。社会へ姿を現す段階があります。鍛え続ける段階があります。飛ぶのか留まるのかを判断する段階があります。そして、力を最大限に発揮した後には、その力そのものが行き過ぎる段階まであります。
つまり乾為天は、強さだけを示す卦ではありません。
強さがどう育ち、いつ使われ、どこで頂点に達し、最後にはどう制御されなければならなくなるのか。
私は、そこまで含めて乾為天の物語だと考えています。
易の乾為天は、ただ「強い卦」なのではない
乾為天は、易経六十四卦の第一卦です。
上も乾、下も乾。六本すべてが陽爻で構成されています。
乾は天を象徴し、創造する力、自ら動く力、主体性、発展、継続などと結びつきます。そのため「非常に強い卦」「前進する卦」と説明されることがあります。
しかし、それだけでは乾為天の面白さを十分に説明できません。
もし乾為天が単に「強ければ進め」という卦なら、最初から最も力が充実した「飛龍在天」でよいはずです。
ところが、最初に現れるのは潜龍です。
龍なのですから、もともと力はあります。しかし、その力があることと、その力を今使えば物事が成ることは別です。
経験がまだ十分ではない場合もあります。周囲の条件が整っていないこともあります。そして何より、自分の能力だけでは動かすことのできない時節があります。
だから潜龍は潜みます。
弱いからではありません。
力を持っていても、時節が来なければ使わない。自分を生かすためには、「待つ」という経験まで必要になります。
いくら強くても、時機が合わなければ、その力を十分に発揮することはできません。
潜むところから、乾為天の強さは始まります。
六爻が描く、龍の力の成長
乾為天の六爻には、龍が潜み、地上へ現れ、力を鍛え、飛躍し、やがてその力が極まっていくまでの流れが描かれています。それぞれの段階で求められる「強さ」は同じではありません。
初九・潜龍勿用|力を蓄え、時を待つ
「潜龍、用うるなかれ。」
まだ表へ出る時ではありません。すでに龍としての力はあります。しかし、力だけでは現実は動きません。ここで必要なのは、動ける自分を抑え、時を待つ強さです。
九二・見龍在田|力が外へ現れ始める
「見龍、田に在り。」
潜んでいた龍が地上へ現れます。内側にあった力が、人や社会との関係の中で見え始める段階です。
九三・終日乾乾|力を鍛え続ける
「終日乾乾す。」
力が表へ出たから完成ではありません。日々、自分を鍛え続けます。乾の強さは、一度の爆発力だけではなく、継続によって支えられています。
九四・或躍在淵|飛ぶか留まるかを判断する
「或いは躍りて淵に在り。」
ここでは、飛ぶ力がないわけではありません。むしろ飛べるだけの力があるからこそ、「本当に今飛ぶのか」が問題になります。
動けるから動くのではなく、進むべき時なのか、それともまだ留まるべきなのかを判断する。ここでは強さが、単なる行動力から判断力へ変わっていきます。
九五・飛龍在天|力を最大限に発揮する
「飛龍、天に在り。」
潜み、現れ、鍛え、時を見てきた龍が、ついに天を飛びます。乾為天の巨大な陽の力が、最も華々しく発揮される段階です。
しかし、乾為天はここで終わりません。
上九・亢龍有悔|強すぎる力を制御する
「亢龍、悔い有り。」
龍はさらに高く昇ります。高すぎるところまで行ったために、今度は強さそのものが問題になります。
私は、この亢龍有悔に乾為天の巨大なエネルギーを見ます。
「行き過ぎて失敗した」という側面だけを見ることもできます。しかし、その反対側から見れば、ここまで高く登れるほど、それ以前の龍には圧倒的な力があったことも分かります。
弱いから崩れたのではありません。強すぎるほどの力を持ち、その力を同じ方向へ使い続けたからこそ、最後には調整が必要になったのです。
乾為天は、力を持つことを肯定します。しかし同時に、大きな力を持つ人ほど、その力の扱い方まで問われる卦でもあります。
力は、得ること以上に、適切に使うことが難しいのです。
乾為天と恋愛――主体性と強引さは違う
恋愛で乾為天を見るときも、「自分から積極的に動けばよい」とだけ考えるのは危険です。
確かに、乾には主体性があります。
好意があるなら自分から伝える。会いたいなら働きかける。関係を育てたいなら、自分から行動する。
こうした力は乾為天らしいものです。
しかし恋愛には相手がいます。
自分に十分な気持ちがあるからといって、相手も同じ時期に同じ場所へ来ているとは限りません。
ここで六爻それぞれの時間が生きてきます。
潜龍なら、気持ちがあってもまだ動かない。
見龍なら、自分の存在や誠実さが相手へ見え始める。
終日乾乾なら、一度の働きかけで答えを求めず、関係を育てる。
或躍なら、告白するのか、もう少し待つのかを判断する。
飛龍なら、二人の関係が大きく進展することもあるでしょう。
しかし亢龍まで行けば、積極性が押しつけや支配へ変わる危険があります。
自分が動いたことで関係がうまくいった。だから、もっと動けばよい。
その成功体験そのものが、次の失敗を作ることがあります。
恋愛における強さとは、相手を押し続ける力ではありません。
近づく力。
待つ力。
判断する力。
そして、うまくいった後には、自分の力を少し緩め、相手の意思が入る余地を作る力。
そこまで含めて、乾為天の恋愛だと私は考えます。
復縁も同じです。
乾為天だから追えば戻る、ということではありません。関係が終わった理由を見直し、自分自身を整え、動く時と待つ時を見る必要があります。
乾為天の恋愛では、気持ちの強さそのものより、その強さをいつ、どこまで使うかが問われます。
あなたを取り巻く環境は、その時期、その時期で違いますし、あなたに求められる役割も違います。
乾為天の仕事運――力を育て、社会の中で使う
仕事では、乾為天の主体性や継続力が比較的分かりやすく現れます。
自分から動く。
能力を磨く。
責任を引き受ける。
継続する。
そして、より大きな役割へ進む。
潜龍の時期には、まだ表へ出ない力を育てることがあります。
見龍では、能力が周囲から認められ始めます。
終日乾乾では、成果が出ても鍛錬を止めません。
或躍では、昇進、独立、大きな仕事などへ踏み出すかどうかを判断します。
飛龍では、能力と役割、時節が噛み合い、大きな力を発揮することができます。
しかし仕事も、飛龍で終わりではありません。
成功した後ほど、亢龍有悔が重要になります。
自分の判断が何度も成功すると、「自分の判断は正しい」と思いやすくなります。
規模を広げ続ける。
仕事を抱え続ける。
他人の意見を聞かなくなる。
これまで成功した方法を、環境が変わっても続ける。
乾の長所が、そのまま弱点へ反転することがあります。
仕事における乾為天は、能力を伸ばして大きな役割を担う力だけでなく、成功した後に自分の力をどう制御するかまで問う卦なのです。
乾為天の金運――財を作る力と、拡大しすぎない力
金運についても、乾為天を単純な「大金運」と見るより、自分の能力や仕事、事業、継続によって財を作り、それを育てる力として考えるほうが自然です。
乾は、自分から働きかける力を持っています。
そのため、何もしなくても財が転がり込むというより、自分の能力を磨き、行動し、仕事や事業を通して収入を増やしていく方向と相性があります。
ただし、財を増やす力がついた後こそ注意が必要です。
成功が続けば、さらに規模を拡大したくなる。
投資額を増やしたくなる。
これまでうまくいった方法を、もっと大きな規模で使いたくなる。
しかし、「今までうまくいったから、もっと大きく」という判断が、いつでも正しいとは限りません。
乾為天の金運は、財を作る強さだけではなく、その強さをどこまで使うのかという問題まで含んでいます。
増やす力と、増やしすぎない判断力。
その両方が必要になります。
乾為天の金運にも、力を十分に発揮する時期だけではなく、拡大を抑えたり、調整したりする局面があることを理解する必要があります。
乾為天と人間関係――強さがリーダーシップにも独善にもなる
恋愛以外の人間関係でも、乾為天の強さは大きな力になります。
自分から声をかける。
決断する。
責任を引き受ける。
人をまとめる。
こうした主体性は、組織や集団の中ではリーダーシップとして働きます。
しかし、ここでも強さの扱い方が問題になります。
自分が正しいと思うあまり、相手の意見を聞かなくなる。
自分ができるから、相手にも同じ速度を求める。
主導することが、いつの間にか押し切ることへ変わる。
これは乾の力が強いからこそ起こり得る問題です。
人を導く力と、人を支配する力は同じではありません。
自分の力を十分に使いながらも、相手の意思が入る余地を残す。その節度もまた、乾為天の強さを長く生かすために必要だと考えます。
順調なのに不安なら、「もっと頑張る」前に現在地を見る
さて、最初の問いへ戻ります。
順調なのに不安になるとき、それをすぐ弱さと決める必要はありません。
もちろん、不安にはさまざまな原因がありますから、乾為天だけですべてを説明することはできません。
ただ、乾為天から自分を見るなら、一つ面白い問いがあります。
「私は今、どの龍なのだろうか。」
まだ時を待つ潜龍なのか。
社会へ出始めた見龍なのか。
鍛錬を続けている乾乾なのか。
飛ぶか留まるかを判断する或躍なのか。
十分に力を使える飛龍なのか。
それとも、すでに高く登りすぎている亢龍なのか。
答えが「もっと努力する」になるとは限りません。
待つことかもしれません。
動くことかもしれません。
決断することかもしれません。
あるいは、すでに十分な力を持っているからこそ、少し引くことかもしれません。
乾為天は、強さの有無を判定する卦というより、自分の力が今どこにあり、どのように使われるべきなのかを考えさせる卦だと思います。
大切なのは、力があるかどうかだけではありません。
今の自分がどの段階にいるのかを見極め、その力をどう使うのかです。
まとめ|乾為天は、強さの一生を描いている
乾為天は、六爻すべてが陽爻という非常に強い構成を持つ卦ですが、ただ「強い卦」なのではありません。
潜み、現れ、鍛え、判断し、飛躍し、そして最後には強さそのものを調整する。
そこまでが、乾為天の物語です。
私は特に、亢龍有悔の存在に乾為天の巨大さを感じます。
あれほど高いところまで登ったからこそ、行き過ぎという問題が生まれる。
それは単純な弱さではなく、強さの極限が作り出す問題です。
だから乾為天から学べるのは、ただ前へ進むことだけではありません。
自分の力を育てること。
時節を待つこと。
必要なときには十分に使うこと。
そして、力が大きくなった後には、その力を自分で制御すること。
あなたはいま、本当に力が足りないのでしょうか。
それとも、すでに持っている力を、いつ、どの程度使うべきなのかを考える段階へ来ているのでしょうか。
乾為天を読むことは、自分が今どこにいるのかを見つめ直すことでもあるのだと思います。
あなたは今、どの位置にいて、どのような存在としてその力を使っているでしょうか。
2、坤為地 →

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